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エンドレスゲーム

 明日はいよいよパソコンの引越し。それと大型ゴミの回収。いよいよ本当の移転もカウントダウン開始で、5年間住み続けたこの昭和ハウスとお別れとなると、なんだか寂しい気持ち。不動産屋さんの話では、大家さんは私達が最後で、次は誰とも契約するつもりがないらしい。確かにあちこち(以下略)。だけどそんな不便さも慣れてみれば可愛くも感じたり、気を使う事なく住みやすくも感じたり、これはこれで心地よい懐かしさもあったり、昭和好きとしてはここを離れるとまた自分の中の何かを一つ片付けたというような気持ちになるんだろうなあ。幼稚園を卒園する時、わずか数百メートル校区から外れているというだけで転校した時、学校を卒業した時、会社を辞めた時、独身時代が終わった時、そして数か月前に母親を見送った時、自分の中でいつも何か一区切りつけてきた。また心の中で一つ終わらせる。そしてまた新しく始まる。5年間、ここは非常に心地よい空間だった。感謝の気持ちでここを去る。

 しかしこの引越しを機に、生活をシンプルにしようと本当に沢山CDを売ったつもりだけど、意外とあんまり変わらないような気が。もう麻痺してるんだろうね。自分が先に逝く事となったら処分する人は大変だろうなあ、聴かなくなったCDを売るのは今のうちだよなあなんて思ったんだけど、やっと邦楽の量を洋楽が超えたかな。なのにザッパは増える。結婚してからほとんどCDなんて買わなくなったのに、ザッパだけは増えた。買い始めたのなんて、35歳、ブログを始めてからなのに。まだまだこれだけは、いえ、この人他数人は増えますと宣言し、許可をもらった。死ぬまでに聴き続けたって、この人を全部理解するなんて事できないけど、19歳で出会ってからこうやって寄り添いたい音があるなんていいじゃない。年々好きなザッパが変わってきたり、また聴き返しては新しい発見をしたり。彼はもうこの世にはいないけれど、彼の遺した作品は私の中でまだ生き続けている。

 CDや音楽というのはパッケージ開けば聴けるし、ラジオのスイッチをONにすれば聴ける。しかし本は違う。開いて心静かな時に文字をひとつひとつ目で追うという行為をせねばならない。なかなかそれが今、余裕がなくて出来ない。読書家でありたいが、昨年の母の入院を機に、思うように本を読む時間がとれず、とりあえず後から読むもんね、読むでしょう、きっと読むはず!いや、読んでみせる!!と、古本屋で出会って欲しいなと思う本は逃すと実は絶版なんて事もあり得るし、読みたい本は買い忘れるとそのままって事になる可能性も高いので(健忘症)、一応メモはするけど買ったりしていたら、あれ、これって読書家でなく、以前テレビで出ていた“買書家”?読まずに買うのが趣味の買書家になっているではないか。いやいや、それではいかんいかん。と思いつつ、twitterの扉を開けば、じゃんじゃんと新刊情報、これ面白いっすよー情報が上から下から押し寄せてくる。うぬぬ、読みたい。欲しい。エンドレスゲームだ。

…今日も扉は開かないでおこうか。
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