open

 140文字では伝わるものも伝わらない。言いたい事も誤解される事も多い。かと言って特別伝えたい事もあるわけでもない。母親が他界して100日が過ぎ、そして私もまた一つ歳をとり、そろそろ前に進まねばなるまいと思い、以前からやろうと思っていたブログの再開は今なのではないかなと。また古巣のfc2さんをお借りして…と登録したのはいいが、なにしろ設定画面とか数年前からまた進化してるじゃーん!これには参った。慣れるまでコッソリと。少し慣れたら支えてくれた方達に連絡しようかな(気弱)。相変わらずです。

 ちなみに、ここもとうとう4th season。“A meaningful meaningless”とは敬愛するホッピー神山様の2005年の狂った名盤、『意味のないものには意味がある』より拝借しまして。ホッピー様のこのアルバムはイイ。実にイイ。ザッパ好きの方には手放しでオススメする。聴くと思わずニヤリとなる。聴くといい。聴け。

 人生を例えるなら「青春・朱夏・白秋・玄冬」というものがあるが、調べたらこーいう事らしい(コピペ)
① 青春 :16歳~30代前半 学を志す
② 朱夏前半:30代前半~40代後半 身を立てる / 惑わず
後半:40代後半~50代後半 天命を知る
③ 白秋 :50代後半~60代後半 耳に従う
④ 玄冬 :60代後半~ 矩を超えず

 
 私も朱夏の後半に入った。朱も少しずつ色褪せてくるだろう。続くであろう秋と冬の為に(って命の長さ、こればかりはわからぬのだけれど)、これからの数年、しっかりと流されずに生きてゆきたい。母を送り出し、この数か月、色々な事を考え、実際に色々な事が起きた。直後はごく身近にいると感じた。100日経ち、それでもどこかから見ていてくれていると思う。悲しいのがなくなったわけではないが、直後の悲しみとは違う。ここにいない寂しさ。これだ。こればかりはどうしようもない。自分の中での気持ちの整理、それだけだ。生きる事とその後の事、私の中のこれからのテーマ。それに沿った小説で読みたいものがあり過ぎて買ってはあるのだけれど、でも今は引っ越し作業で疲れて頁を開くと寝てしまう毎日。引越しが済んだら、それらの本をガシガシ読みたい。人生は続く。泣いてる暇はない。呟いてる暇もない。呟いてる暇があったら余分な時間は1行でも多く読みたい。何しろいつまでも蝋燭が長いわけではない。

 音楽を以前のように聴いてはいないし、特別何が書きたいかとかはないけれど、ここにいる証みたいなものを残したいって気持ちで。まだ設定画面に慣れたわけじゃないけど、とりあえず再び始めてみます。サイドバーの充実は追々と。
ではopenします。
BGM:ホッピー神山『意味のないものには意味がある』
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